こんにちは。WEB集客プランナーの谷口慎治です。

今日はネットフリックス映画「ザ・ディスカバリー」の感想とネタバレ解説記事です。

2017年のアメリカSF映画。監督はチャーリー・マクダウェル。

チャーリー・マクダウェルは名作「時計じかけのオレンジ」で主人公のアレックス・デラージを演じたマルコム・マクダウェルの息子さんです。

「ザ・ディスカバリー」はタイムリープ系ラブストーリーです。(正確に言うと、タイムリープではなく、パラレルワールドへの移動)

ラストは「バタフライエフェクト」的なエンディングで切ない気分になります。

オープニングが衝撃的で一気に作品に引き込まれること間違いなし。

ロバート・レッドフォード渋いしね。

では、あらすじ、感想、解説の解説の順で書いていきます。

ザ・ディスカバリーあらすじ

主人公ウイルの父親トーマス・ハーバーは、“死後の世界”の存在を証明したと世間に発表。

しかし実際は「死後に肉体から出る脳波」の補足に成功しただけであり、その脳波がどこに行くのかはわかっていなかった。

世間ではこの発表により、死後の世界に希望を見出した人が次々と自殺し、その数は100万人にまでなる。

大量の自殺者を出した半年後、テレビがトーマスを取材。自宅でインタビューを受けている最中にスタッフの一人が拳銃で頭を撃ちぬいて自殺。衝撃の映像が世間に配信される。

その事件から1年半後、自殺者は400万人にまで増えていた。

主人公のウイルは弟からの連絡で行方をくらましていた父親トーマスのもとを訪れる。

その道中、フェリーに乗ったときに、ひとりの女性(アイラ)と出会う。

アイラとの会話の中で、アイラは自殺集団の考えは支持していないものの、死後世界はあるという考えを示す。

一方幼少期に臨死体験をしたことを語る。その体験の中でウイルは砂浜に座る男の子を死後世界で見たと言う。

ところがウイルは父親の発表に懐疑的であり、死後の世界が証明されたとは考えていなかった。

そのため人々が次々と自殺していくことにいら立っていた。


フェリーが港に着くと、弟のトビーが迎えに来ていた。トビーに案内された場所は人里離れた邸宅。

トーマスはこの邸宅を拠点に研究を続けていた。

そこで働く人たちは皆、自殺未遂者だった。


ウィルが浜辺を歩いていると、アイラが入水自殺しようとする場面に遭遇。

アイラは自分の不注意で息子を死なせてしまった悲しみから自殺しようとしていた。

必死に連れ戻し、トーマスの研究施設に連れていく。アイラはそこで暮らすようになる。

ウイルとアイラの距離が縮まっていく。


トーマスは死者が死後世界で見たものを記録できる装置の開発に成功していた。

しかし被験者がいないため、トーマスとアイラは死体安置所からフィリップスという男の死体を盗み出した。

その死体に装置をセットし、死後世界の映像を録画したが、そこには何も記録されていなかった。

実はウイルが装置に細工をして、録画データを転送していたのだ。

転送されたデータを再生すると、病院に向かった男性が誰かを見舞い、女性と口論する様子が記録されていた。

その病院を割り出したウィルは、データに記録されていた出来事が起きたのが少なくとも10年以上前であることを知った。どうやら死後の世界ではなく記憶を録画するらしいと結論する。


ウイルはそのことをアイラに打ち明け、今度は2人で病院内を調べる。映像に記録されたことが過去に本当にあったことか調べるためだ。

調べるうちに、入手したデータは生前の記憶ではないことが明らかになってくる。

そのときトーマスは自分を実験台にして死後の世界の存在を証明しようとしていた。

装置にはトーマスと妻のやり取りが映っていた。過去の記憶を映し出す装置だと思っていたら、どうやらそうではないらしいことに気付く。

過去の出来事とは違う内容が映し出されていたのだ。

ウイルたちはトーマスを蘇生させ、録画された映像をもとに仮説を立てる。

死後の世界とは別の現実(パラレルワールド)ではないかと。

死んで違う形の人生に飛び込むことだと推測する。

となると、人生で何か失敗すると、死んで違う人生に行けることになり、後悔を受け入れなくて済むことになる。

ますます自殺者が増えると気付いたトーマスは装置の破壊を決意する。


そのとき施設内で事件が起こる。トーマスの信頼を失い施設から追い出された女性(レイシー)がアイラを撃ち殺したのだ。

レイシーは言う。

殺したんじゃない。別の世界へ送ったのだ。

アイラを失った悲しみでウイルは、実験室に立てこもり、装置を直して生きたまま別次元の世界へ。

ウイルは気付くと最初にアイラに出会ったフェリーの中。

ウイルはアイラにフェリーから降りろと忠告する。

しかしアイラから衝撃の事実が告白される。

アイラを救うために、ウイルはすでに何度も何度も同じことを繰り返していたのだ。

同時にフェリーの中に戻ってもアイラを救えないことがわかり、それ以前の世界へ戻る。

アイラが自殺する原因となった息子の死を招いた海岸へ。

そこでウイルはアイラの息子を助ける。

これでアイラがフェリーに乗ることはなくなった。

それはウイルと恋に落ちることはなくなったということだった。

ザ・ディスカバリー感想を思いつくまま

●バタフライエフェクト思い出した。切ない。

●オープニングで一気に引き込まれた。

●伏線とその回収が見事!冒頭のウイルのセリフ「君に見覚えが」の意味が最後で明らかに

●夢から覚めた、と思ったらそれも夢だった、と思ったらそれも夢だった・・・という無限ループね

●「もしあのとき、こうしていたら」のもしの世界に行ける話

●人生から後悔がなくなるってことだけど、それってどうなの?

●パラレルワールドなのに別次元の現実の記憶を持っているアイラっていったい・・・

●輪廻するって辛いよね

●後悔することってダメなこと?むしろ必要でしょ

●永遠の命とか欲しくないよね

ザ・ディスカバリー どう見るべきかネタバレ解説

時間の捉え方が面白い映画。

トーマス(ロバート・レッドフォード)のセリフに「時間は一定方向に流れるのではない」というものがあります。

西洋(キリスト教)的価値観だと時間は直線的に一定方向に流れるとされます。

生まれて ⇒ 死ぬ

でもこの作品では時間は”回る”ものとして描かれています。

東洋の輪廻的価値観です。

しかも単なるタイムリープものではなく、パラレルワールドの発想も取り入れているところがこの映画の面白いところです。

アイラを助けるために、ウイルは何度もフェリーに戻って、アイラに「このフェリーに乗るな」と忠告しますが、何度繰り返しても同じ結果になることがラストで明かされます。

ウイルの幸せはアイラを死なせないこと。2人で生きていくこと。

でも、アイラを死なせないためには、2人は恋に落ちてはいけないのです。

アイラがフェリーに乗った理由は息子を死なせてしまったことですから、息子を救うことでアイラはフェリーに乗ることはありません。

ウイルはアイラの息子が事故で亡くなる海岸に戻り、息子を救います。

そしてアイラを救うことが出来ました。

ウィルはアイラを救うことに成功しましたが、アイラがフェリーに乗らないことで二人が恋に落ちることはなくなりました。

アイラが海岸でウイルにこんなことを言います。

「私たちは出会うべきじゃなかった気がする」

このセリフはラストシーンに現れる世界につながっています。

なかなか完成度の高い映画ですよね~。

考えさせられることもあるし。

世界から後悔がなくなるとどうなるんだろう?

もし、あのとき、こうしていれば・・・

こんな後悔は誰でも持っています。

人生の分岐点に立ったときに、どちらを選ぶかは本当に迷いますよね。

ザ・ディスカバリーの世界では後悔は存在しません。

だって、「失敗した!」と思ったら死ねばいいのですから。

死ぬというより別の平行世界への移動ですが。

しかも自分の戻りたい場面まで戻って平行世界で生きられるという設定です。

みんな、じゃんじゃん死ぬでしょうね。

でも、後悔しない生き方って本当に幸せな生き方なのでしょうか?

よく「後悔しないように生きよう!」なんて言う人がいますが、まあ無理ですよね。人間だから。

僕は”後悔”って人生に必要な要素なんじゃないかと思います。

”後悔”って自分を成長させるエネルギーではないでしょうか?

失敗しても、「まあ、しょうがねー。ノープロブレム!」的な生き方も悪くはありませんが、深く悔いることで得られる”気付き”というのがあると思うのです。

大好きな人と喧嘩して別れてしまった。

些細なひとことが相手を深く傷つけてしまい、取り返しがつかない溝を作ってしまったというとき。

「ま、いっか」で終わらせれば、未来にまた同じことが起こるのではないでしょうか。

そこで深く悔いて、「なぜあんなこと言ったんだろう?同じことを繰り返さないためにはどうすればいいだろう?」と考えることで未来を変える可能性が高まります。

ザ・ディスカバリーでもウイルは同じことを繰り返していていましたよね。

これって、「後悔を避けると未来は開けない」というメッセージではないでしょうか。

永遠の命って欲しいですか?

死んだら別の平行世界に行けるというってわかったら、そりゃ誰でも死んでもいいかなって思いますよね。

死ぬというより人生やり直しですね。

つまりは永遠の命を手に入れたってことです。

これ、めっちゃ恐ろしくないですか?

昔読んだ手塚治虫の火の鳥を思い出しました。

火の鳥【全12巻セット】

特に第2巻の未来編は怖かった。

舞台は西暦3404年。地球は荒れ果て、文明は停滞し、人類は滅亡の危機に瀕していました。人類は地下都市でAI統治のもと暮らしています。

しかし、ついにはそのAIの対立により地下都市が消滅します。

シェルターで生き残った主人公の山之辺マサトは、この滅亡は歴史をリセットするためだと火の鳥から告げられました。

そして、マサトは火の鳥から永遠の命を授かり、地球の復活を見届けるために永遠の時間の中を彷徨います。廃人同様になりながら・・・

永遠に生きるって苦行以外の何物でもありません。

仏教の最終目的は輪廻からの解脱です。つまり仏教も永遠を否定しているということでしょう。

人生は限りがあるからこそ素晴らしい!

そんなことを考えさせられた映画でした。