前回のシーン2解説記事へ

ビンセントがティーンエイジャーの頃のフラッシュバック

母親:ビンセント その心臓で受かるはずないわ
ビンセント:可能性が無いわけでもない
父親:100分の1だ
ビンセント:賭けてみる
母親:無理よ
父親:おまえの能力には限りがある 宇宙飛行士にはなれない

アントンや両親とは別に座って朝食を食べているビンセントの様子から、ビンセントが阻害されていることがわかります。

同時にビンセントが夢をかなえるために準備をしていることも伺えます。

アントンはただ食事しているだけですが、ビンセントは本を読みながらですからね。

しかし両親は辛らつです。息子の努力よりも遺伝子を信じる社会であることが強調されています。

そして面接に行ったシーンでは、面接を受ける前に撤退。その理由が独白されます。

(ビンセント:父の言う通り 履歴書を偽っても細胞はウソをつかない 選ばれるはずがないのだ 健康な応募者が大勢いるのに 遺伝子による差別はもちろん違法だが 法には大した力がない 必死で隠してもドアノブを触ればバレる 握手や封筒についた唾液からも 疑いのある者は尿検査を受け 会社への適正を判断される)

どれほどの憤りを感じていたことでしょう。

努力よりも遺伝子で適正を判断されることへの怒り。

これが次のシーンにつながります。アントンとの2回目のチキンレースです。

ビンセントにとってアントンは遺伝子の壁の象徴です。

その象徴を打ち砕かない限り、つまりアントンに勝たない限り、ビンセントは未来が開けないと考えていたはずです。

アントン:本当にやるの?どうせ負けるよ
(ビンセント:これが最後の度胸比べになった 水平線に近づくほど帰る距離も長くなる その日はいつもと違い 僕は弟から離れずについていった そして奇跡が起きた)
アントン:ビンセント!
(ビンセント:僕たちの体力差が この時初めて逆転したのだ あらゆる不可能が消えた)

アントンは自分の遺伝的な強さを信じ、努力や忍耐なしに目標を達成することができると信じています。

それが「本当にやるの?どうせ負けるよ」というセリフに表れています。

しかしビンセントの独白の通り、奇跡が起きました。ここからビンセントの人生がスタートします。

ガタカ・シーン3の考察

なぜ海なのか?なぜ水泳なのか?

走ることや、球技ではなぜダメだったのか?

ここをどう考えるかがシーン3のポイントです。

体力的な競争ということなら、マラソンでもいいはずです。バスケットボールの1 on 1 でもいいわけです。

それにも関わらず、なぜ海での競争だったのか?

海、水泳はガタカの重要なモチーフです。

海は何のメタファーなのか?

僕は海=自然を暗示しているのだと思っています。

また生命の源であることも暗示しているのでしょう。

つまり、ビンセントは自然から生まれた存在だと強調しているのです。

(ガタカの世界では、自然に生まれる=不自然ではあるのですが)

だからマラソンや球技ではなく水泳なのです。しかもプールではなく海なのです。

自然の存在であるビンセントが、ガタカの世界での自然であるアントンに勝ったというのは、単にビンセントの努力が実ったということを表現したいのではありません。

遺伝子を操作するという自然に背く行為を痛烈に批判しているのです。

しかもアントンを助けるという念入りなおまけ付きで。

シーン3は自然な存在の持つ可能性と、遺伝子操作の限界を表現しています。

遺伝子操作の限界については、ジェローム・ユージン・モローやアイリーンの存在自体でも表現されていますよね。

シーン4に続く