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ガタカシーン5はついにビンセントとジェロームが出会う場面です。

ビンセントがいかにしてジェローム・モローになったかが詳細に描写されています。

アイデンティティの購入

ビンセントは遺伝子の闇業者とコンタクトを取り、新たなアイデンティティを購入するという行動に移りました。

ビンセントが住む部屋で口頭契約を結ぶ2人。

机の上には本が散乱しています。ビンセントが本気でガタカの世界で成功しようと考えている証拠です。

仲介屋:どこで私を?
ビンセント:噂で
仲介屋:アザ 傷 刺青など目立つ特徴は?
ビンセント:ないと思う
仲介屋:決意は固いんだろうな?
ビンセント:100パーセント本気だ
仲介屋:よし
ビンセント:古い版だけど全部暗記してる
仲介屋:暗記か 契約は取り消せないぞ
ビンセント:候補が?

闇業者はビンセントに紹介できそうな候補を思い当たります。

そしてバッグを開けて取り出したのは「血液サンプル」。写真を取り出して「この男だ」ではなく、血液サンプルであることが、ガタカの世界で何が重要なのかを改めて強調しています。

(ビンセント:優れた遺伝子は成功する確率が高いが保証はない 運命までは操れないのだ エリートが何かの理由で悲運に見舞われた時 彼らの遺伝子は高値で取引される 人の不幸が幸運を招く)

ビンセントと闇業者は血液サンプルの本人に会いに行きます。

仲介屋:遺伝子は最高級 寿命も驚異的だ ほとんど不死身だ IQは測定不能 視力は両眼2.0以上 心臓は牛並み 壁も走り抜ける まだ走れたら 水泳界のスーパースターだった男だ 彼の遺伝子なら何でもできる
仲介屋:どうだ 君にソックリだろ?
ビンセント:似てない
仲介屋:写真など誰も見やしない 私の顔でも平気だ
ビンセント:事故の説明は?
仲介屋:大丈夫 事故現場は国外でケガの記録はない 世間的には依然として健康なエリートだ 今の彼を演じるだけでいい
ビンセント:外国人か
仲介屋:生まれた場所は無関係だ 血に国籍はない 優秀な遺伝子がものを言うんだ
ビンセント:上には誰が?
ユージーン:僕じゃない

登場したジェロームは車いすに乗っています。最高級の遺伝子を持ちながら、それを活かすことができなかった屈折した表情が印象的です。

(ビンセント:こうして僕はジェロームになった 近視は恵まれない者の顕著な特徴だ)

ここから、青いコンタクトレンズをつけるなど、ビンセントがジェロームに似せるためにとったさまざまな処置が描写されます。

髪型もジェロームの髪型にそっくりにカットされています。アップテンポなクラシックの楽曲が流れ、ビンセントの未来が開けてくる予感がします。

ジェロームのセピア色の写真の隣に立ったときのビンセントの高揚ぶりが伝わってきます。

しかし最後の大きな障害がありました。

2人は背の高さがかなり違ったのです。

ビンセントは足を切って、背を高くする手術を施されます。

ビンセント:他に方法は?
仲介屋:手術はだめだ 傷でバレる コンタクトレンズを だいいち目の色も違う
ユージーン:俺の目の方がきれいだ
仲介屋:君の収入の25%をもらう 失敗したら7日以内に全器具を回収 返金はしない
ユージーン:20%のはずだろ?
仲介屋:20% だめだ

ビンセント:完了?
仲介屋:まだだ
ビンセント:どうして?
仲介屋:慎重が違う
ビンセント:君は?
ユージーン:137.2センチ
ビンセント:事故の前は?
仲介屋:記録によれば185.4だ
ビンセント:上げ底靴を
仲介屋:ごまかせる差じゃない
ビンセント:どうする? そんなのやだよ 聞いてない
ユージーン:本気かと
ビンセント:本気でいやだ いやだ

(ビンセント:ジェロームは黙っていた 僕は痛みに耐えるため自分を慰めた ”5センチ星に近づく”と

ユージーン:大丈夫? 踊りに行く?

ここからの描写がすごいと思う!

床に寝ているビンセントと車いすのジェローム。ジェロームが上からビンセントを見下ろす構図です。

しかし画面が切り替わり、ビンセントはベッドの上にうつぶせになって何か文字を書いています。

ここではビンセントとジェロームの目線が同じになりました。

さらに見ごたえのあるシーンとセリフが続きます。

ユージーン:右ききか?
ビンセント:左ききは人気がない ”ジェローム・モロー” いい名だ
ユージーン:俺のだ
ビンセント:僕は君だ
ユージーン:俺になる気か? 見ろ これを
ビンセント:いいね すごい 本物?
ユージーン:色もわからないのか これは銀だ 金メダルを取るべく生まれた 優れた能力がありながら2位どまり その俺を どう演じる?
ビンセント:わからない
ユージーン:もっと練習を

自分の名前(遺伝子)にこだわりを捨てきれないジェローム。そして銀メダルをビンセントに見せます。

ジェロームの屈折の原因が見えてきました。

銀メダルが何を象徴しているかというと、成功が約束されている遺伝子的に優れたエリートでも失敗することがあるということでしょう。

ガタカが描く社会に内在する欠陥を痛烈に批判しています。

またビンセントの「左ききは人気がない」というのもラストへの伏線ですね。

次のシーンでは夜にガタカ社の前で、杖をついて立つビンセントと、ジェロームが描かれます。

この時点でビンセントの目線がジェロームより高くなりました。

(ビンセント:入社試験の準備が始まった ジェロームはガタカの望む人材だが 無関心だった)

ユージーン:なぜガタカへ?
ビンセント:宇宙へ行きたいから
ユージーン:何がある?
ビンセント:それを見に行く ジェローム
ユージーン:”ユージーン”と呼べ ミドル・ネームだ 名前にも早く慣れろ

ジェロームはビンセントに自分のことを”ユージーン”と呼べと言います。

ビンセントを見上げながら。

ユージーンとは「優生学的エリート主義」(eugenics)を連想させる言葉です。

ジェロームはビンセントに名前を譲りながら、”ユージーン”と呼ばせることで優越感を保とうとしているかのように感じます。

そして面接へ向かう前のやり取り

ビンセント:尿のサンプルは?
ユージーン:冷蔵庫の左
ビンセント:どれだ?
ユージーン:どれでも
ビンセント:テストを?
ユージーン:お好きに 故障か?
ビンセント:尿のせいだ また飲んだな?
ユージーン:まさか
ビンセント:もう朝の8時だぞ
ユージーン:飲んでない
ビンセント:1時間後に面接なのに さっきのよりもひどい
ユージーン:すまん お祝いに少し飲んだ 金曜のは平気だ
ビンセント:水曜しかない
ユージーン:それだ
ビンセント:やめるなら今のうちだ 明日からは自分じゃなくなる どうする?

ユージーンの微妙な心情が伝わってきます。自分は遺伝子をビンセントに譲った。

ビンセントの成功は自分が成功したこととみなされる。

しかし、自分は不自由にここにいる。

そんなことへの憤りとビンセントへの嫉妬がサンプル作りをためらわせたことを表現したかったのではないでしょうか。

シーン6へ続く