こんにちは。WEB集客プランナーの谷口慎治です。

今日は「正義の教室」(飲茶)を読んだら、わかりやすさが凄すぎたので、要約と感想を書いてみます。

(最後のオチはさすがに予想できませんでした。苦笑するしかないです。)


正義の教室 善く生きるための哲学入門

そして正解のない難問「トロッコ問題」について考えてみました。

普遍的な正義は可能なのか?

2500年前から人類が問い続けてきた問題に飲茶さんなりの回答を提示した本です。

飲茶さんの文章はホントに読みやすくてわかりやすい。難しい概念も飲茶さんにかかると中学生でもわかる表現に早変わり。

この本の登場人物も高校生ですから、若い人に正義について考えてもらいたいという想いもあったのかもしれません。

では、「正義の教室」の各章の要約と、僕が最も価値を感じた1ページ、およびトロッコ問題について書いていきます。

まずは、僕が「正義の教室」で最も価値を感じた1ページから紹介しましょう。

「正義の教室」2500年の歴史が1ページに凝縮

261ページに掲載されているのがこの図です。

哲学2500年の歴史の大きな流れが一目でわかります。

哲学の歴史はごく簡単にまとめると

普遍(絶対)VS 相対

この流れが続いていました。

古代ギリシャの相対主義者プロタゴラスに対抗したのがソクラテス。

以降、「普遍はある」と「人それぞれ」が対立しながら哲学の歴史は進んできました。

しかし近代哲学の完成者といわれるヘーゲルを否定して実存を唱えたキルケゴールの登場以来、この図の左側(普遍はある)と主張する哲学者は登場していません。

相対主義が否定された古代ギリシャを経て、現代は相対主義の時代に戻ったのです。

哲学者のそれぞれの考えを勉強するときに、まず最初にこの大きな流れをつかんでおくと理解しやすくなりますね。

この1ページは本当にすごいと思いました。

「正義の教室」各章の流れと要約

大まかな流れを説明すると

正義の判断基準は3つある。

その3つとは

・平等の正義
・自由の正義
・宗教の正義

である。

この3つの正義の内容と問題点が各章で語られます。

1章 登場人物紹介
2章 3つの正義(平等・自由・宗教)
3章 平等の正義(功利主義)
4章 功利主義の問題点
5章 自由の正義(自由主義)
6章 自由主義の問題点
7章 宗教の正義(直観主義)
8章 直観主義の問題点
9章 ポスト構造主義

プロローグ

非番の消防隊員が火災を起こした保育園に飛び込む。そこには彼の娘がいたのだ。

そこで彼は選択を迫られる。

30人の幼児を助けるのか、自分の娘1人を助けるのか・・・

トロッコ問題よりもリアリティがあって、感情移入できます。

プロローグの回収をどこでするのかと思いながら読んでいたのですが、上手いな~とうなりました。

第7章でプロローグの意味が予想でき、第8章でプロローグの伏線が回収されます。

1章 登場人物紹介

4人の高校生が登場します。

・山下正義
・徳川倫理
・最上千幸
・ミユウ

彼らは生徒会のメンバー。

「購買の焼きそばパンを買い占めて転売することは正義なのか?」という問題提起がなされます。

2章 3つの正義(平等・自由・宗教)

正義には3つの判断基準がある。

平等の正義・・・功利主義
自由の正義・・・自由主義
宗教の正義・・・直観主義

3章 平等の正義(功利主義)

■功利主義とは、幸福の量が大きい社会のほうが善いとする考え。

■最大多数の最大幸福というベンサムの言葉が有名。

■幸福になる人数ではなく、幸福の量を重視する。

■人数で正しさを決めるのは多数決と同じ。

■功利主義の立場に立てば、トロッコ問題は「1人を殺す」が正解。

■医療現場でもトリアージ(治療の優先順位)が行われている。これは功利主義的考え。

■ベンサムは幸福=快楽と考え、快楽の量を数値化して計算する方法を考えた。

■しかし、快楽ポイントが上がるなら、麻薬は正しいのか?

■くじ引きで一人を選び、その人からすべての臓器を取り出して、臓器移植が必要な人に移植するのは正義なのか?

4章 功利主義の問題点

①幸福は客観的に計算できない。人それぞれ。

②身体的な快楽が幸福と言えるのか?

激しい音楽を聞きながら酒を飲んで騒ぐ快楽

VS

クラシックを聞きながら美術館で絵画を鑑賞する快楽

この2つはどちらが上なのか?

J.S.ミルは後者のほうが善いと考えた。これは上から目線のエリート意識と批判される。

③功利主義は強権的になりがち

富裕層(恵まれた人)の権利を抑圧して、恵まれない人に配分することが最大多数の最大幸福につながる。

しかし富裕層の権利を抑圧するには権力が必要になる。

※この章で舞台となる高校にパノプティコンシステム(監視カメラ)が設置されていることが明かされる。

5章 自由の正義(自由主義)

この高校では過去にいじめ問題が発生し、それを学校側が隠蔽した。

世間から大バッシングを受けて、監視カメラを設置することになる。

学校側の主張は

監視カメラを設置することで嫌な気分になるけれど、いじめが起こらない未来

監視カメラを外して、いじめが起こり、自殺者が出る未来

では

どちらが善いのか?

ここから自由の正義について語られる。

■自由主義には”強い自由主義”と”弱い自由主義”がある。

■”弱い自由主義”とは、自由に生きることが人間の幸福であり、社会は個人の自由を尊重しなくてはならないとする考え。

しかし、これは自由より幸福を上位に置いている。本当の自由主義ではない。

だから弱い自由主義は功利主義と同じ。

■”強い自由主義”とは、他人の自由を侵害しない限り、何をやってもOKとする考え。

■愚行権の問題をどう考えるか?

ある人が何かの気まぐれで「なんか死にてーなー」と言ったとき、その願いを叶えて殺すことは正しいのか?

自由主義の立場に立てば、殺しても殺さなくてもOK。好きにしろ!となる。

6章 自由主義の問題点

①格差の拡大、弱者の排除が起こる

②自己責任、個人主義の横行によるモラルの低下

これについては、逆に自由主義を促進したほうが、寄付や自発的人助けが増えるのではないか?

③当人同士の合意による非道徳的行為の増加

臓器売買、人身売買、売春、人肉食、、、

■そんなことは許されない!普遍的な正義はある!ロールズの無知のヴェールの紹介

7章 宗教の正義(直観主義)

■善や正義は、言葉や理屈で説明できるものではない。

■物質の世界、理性の世界の外側に絶対的な善や正義が存在する。

■説明不可能だから「~すべき」という押し付けにならざるを得ない。

■ニーチェは、神や善や道徳は人工的なものにすぎないと主張。神は死んだ。

■善や正義といった理想を持っている人間の方が、歴史上たくさんの人を殺している。

■プロタゴラスVSソクラテスの相対VS絶対の戦いはニーチェによって終了させられた。

8章 直観主義の問題点

■プロローグのエピソードで助けられた娘が徳川倫理だったことが明かされる。

■万人が納得する正義は証明できない。

9章 ポスト構造主義

■構造主義とは、人間は何らかの社会構造に支配されており、決して自由に物事を判断しているのではないとする考え。

■「働く」「働かない」からどんなイメージを持つか?

働く=偉い、生きがい
働かない=ろくでもない、うらやましい

しょせんは資本主義システムでの発想。未開社会の人間に同じことを聞いたら何と答えるか?

■ポスト構造主義は、構造主義を批判するだけで、新しい哲学体系を生み出せなかった。

■人間は自分の意思で構造を作り変えることはできない。

■ミシェル・フーコーは現代社会は監視社会だと指摘した。「私たちはベンサムが設計した刑務所パノプティコンの中で生きている。」

■見られているかもしれない他者の視線によって監視されている。

■何か悪いことをしたら、スマホで撮影されてネットに投稿されるという監視社会。

最後にエピローグでまさかのオチがあります。なるほど、それでフーコーを出してきたのか!と苦笑しました。

以上、「正義の教室」の要約でした。

トロッコ問題に正解はあるのか?

トロッコ問題とは、倫理学の思考実験です。

線路上を走るトロッコが制御不能になり、そのまま進むと5人の作業員が確実に死ぬ、5人を救うためにポイント(分岐点)を切り替えると1人の作業員が確実に死ぬという状況下で、線路の分岐点に立つ人物(自分)はどう行動すべきかを問うものです。

何もせずに5人を見殺しにして1人を救うか、1人を犠牲にして5人を救うか。

ネット上では、分岐点を中立にしてトロッコを脱線させれば、みんなを救えるじゃないか!という回答があります。

もちろん、この問題はそんな頓知を働かせる問題ではありません。

(ちなみにトロッコに人が乗っていたら、脱線させたら死ぬかもね。)

このトロッコ問題は、マイケル・サンデルの白熱教室でも最初に取り上げられた問題です。

でも、マイケル・サンデル自身もこの問題には回答していないんですよね。

白熱教室ではほとんどの学生がポイントを切り替える、つまり1人を犠牲にして5人を助けるほうに賛同しました。

まさに功利主義的な考え方です。

さて、このトロッコ問題に正解はあるのでしょうか?

もちろん、全員が納得するという意味での正解はありません。

ベンサムなら当然ポイントを切り替えて5人を助けるでしょう。

カントならポイントを切り替えず5人を犠牲にするでしょう。

歴史上の偉大な哲学者でも出す答えは絶対に異なります。

では、トロッコ問題はどう考えればよいのでしょうか?

僕はトロッコ問題は”選択”の問題ではないと思うのです。

問題は選択した後の結果に自分自身がどう向き合うかということです。

どんなに考えても正解が出ない問題というのは、トロッコ問題に限りません。

というより、人生は正解がない問題の連続ではないでしょうか。

人生の岐路に立ったとき、どちらに進むべきか、どちらが正解か、なんて考えても答えが出るはずはありません。

だからといって「悩んでも仕方ないからテキトーでいいや」ではダメ。

そうではなくて、「自分が選んだ道を正解にする!」という心構えこそが大切なのです。

それでも後悔することはあるでしょう。後悔も必要。深く省みることで、未来への気付きを得られるのです。

ふぅ、「正義の教室」に触発されて、なんか熱くなってしまいました。

いい本ですね。