思考力のある人ってうらやましいです。

考える力、つけたいですよね。

思考力の鍛え方って色々あると思いますが、ある本を読んで、「へぇ~!なるほど!」と感激したので紹介します。

論理的というのがどういうことなのかも実感を持てました。

その本とはこちら。

「自分」で考える技術 鷲田小彌太 PHP 2014年4月発行。

哲学、倫理学を専門とする札幌大学名誉教授の鷲田小彌太さんが、自分で考えるための頭の使い方について、哲学者とは思えないほど、わかりやすく親しみやすい言葉で説明した本。具体例が豊富で適切なのも理解しやすさを後押ししています。

本当に頭のいい人って難しいことを簡単な言葉でわかりやすく説明できるんですよね~。

哲学者って難しいことを難しく話す人だと思っていましたが、この本を読んで印象が変わりました。

この本の中に人口問題についての思考実験が紹介されていて、「ああ、こういう考え方をすることで思考力って鍛えられそうだな」と思ったんです。

その思考実験のやり方の前に、ひとつ紹介したい記述があります。

この本は「自分」で考える技術についての本です。

それは「技術」とは何かということについて。宮本武蔵の例をあげてとてもわかりやすく納得できる説明をされているので、先に紹介します。

なぜ、宮本武蔵は将軍の指南役になれなかったのか?

宮本武蔵といえば日本一の剣豪と呼ばれた剣士です。剣術を習うとすれば、日本一の人から学びたいと思うじゃないですか?

しかし、当時、江戸幕府の将軍の剣の指南役(先生)に指名されたのは宮本武蔵ではなく、柳生新陰流でした。

なぜ、宮本武蔵は将軍の指南役になれなかったのでしょう?

それは、宮本武蔵の剣は、武蔵の才能と凄絶な訓練の賜物であって、技術として伝えられるものではなかったから。

そのことは、武蔵に弟子がいなかったことで明らかなのです。

一方、将軍の指南役となった柳生新陰流は、なぜ指南役となれたのか?

それは、剣術のひとつひとつの動きを分解し、誰でも再現可能な「技術」として体系化したからです。

それによって、将軍でも(というと失礼ですが)剣術を学ぶことができたというわけです。

鷲田小彌太さんは言います。

■芸術といわれているものは、ほとんどが技術に分解できる、ということは知っておいてよいと思います。

■レーニン、革命は技術だとみなそうとしたのは、革命家の恣意的な意志に、可能なかぎり、革命の運命を委ねたくない、という考えからでたものです。

■天才ほど、技術を大切にする、ということは、私たちの教訓になるのではないでしょうか。ところが、凡人は、おうおうにして、部分部分を組み立てる、時間のかかる労苦をカットして、一足飛びに、物事の核心(生命)を握ろうとしてしまうものなのです。ですから、すぐ失敗して、二度と試みない、ということで終わるのです。

これを読んだとき、三島由紀夫が「文章読本」の中で書いていた一節をふと思い出しました。

■文章というものには、微妙な職業的特質があるのであります。誰にでも書けるように見えるごく平易な文章、誰の耳目にも入りやすい文章、そういう文章にも特殊な職業的洗練がこらされていることは、見逃されがちであります。

こう、述べています。

三島自身、文章を書くことは技術である、と考えていたということではないでしょうか。

小説家はとかくアートの世界の人間だと思いがちですが、文章も技術を身につけることによって、上達するということでしょう。

人口爆発問題解決の思考実験

さて、本題の人口問題を考える思考実験です。

人口爆発問題は貧困地域に集中していますが、人口問題を解決するにはどんな考え方をすればいいのでしょうか?

ここで鷲田さんは言います。

極論せよ!思考の中では何でもありだ!(どんな非道徳的なことでも)

思考実験の中では神にも悪魔にもなれます。宇宙の果てまでひとっ飛びとか人類消滅とか何でもあり。

ひとつだけ注意点は現実の世界と思考の世界を混同しないこと。このルールさえ守れば何でもありということです。

人口問題解決法1.援助しない

人口問題を解決するために、貧困地域に食料援助をするとますます人口が増えていく。だからその国が自力で人口を養えるレベルに落ち着くまで放っておく。そうすれば人口爆発は防げる。

何とも非人道的な考え方ですが、論理的に考えていくと、こういう結論が導き出されます。

人口問題解決法2.援助する

貧困地域には人道的な面から援助をすべきだ。それでますます人口は増えていくだろう。しかし援助はいつか限界が来る。人口が極大化した貧困地域は、さらに危機が大きくなり、援助のかいなく、というより援助したがために逆に人口減少に追い込まれる。

このように両極端な思考から出発しても結果が同じになることを両極相通じると言うそうです。

実際にはこんな極端な解決法が実行されることはありませんが、このような極論にふることで、純粋に論理的な考え方ができると言います。

自然科学の実験が、純粋な状態を前提にするのと、同じということです。

常に両極を考えることで、思考の幅が広がます。それがつまり思考力を鍛えるということになるのではないかと思うのです。

目次はこんな感じで、この記事で紹介した「技術」「思考実験」のほかにも面白い考え方がたくさんあるので、ぜひ読んでみてください。

目次
思考の技術 基礎篇
第1講 自分で考える時代が始まった
1.「無知の知」(ソクラテス)をけとばせ
2.「我考える、故に、我あり(デカルト)をけとばせ
3.自分で考えるとは思考の大衆化である
第2講 情報時代は、考える人間をつくる
1.暗記魔という天才よ、さようなら
2.情報は誰にでも開かれている
3.考える技術が問われる時代がやってきた
第3講 教養―普通知―の時代が始まった
1.「教養主義」よ、さようなら
2.「専門主義」よ、さようなら
3.教養の人の時代がやってきた
第4講 歓迎、「モラトリアム」の時代
1.「モラトリアム」を否定する思考
2.「モラトリアム」を肯定する思考
3.「モラトリアム」人間とは、思考する人間のことだ
第5講 「アート」から「テクノロジー」へ
1.「芸術家」と「技術者」
2.「芸能人」の時代
3.思考の「アート」から「テクノロジー」へ
思考の技術 実践篇
第6講 考えるための読書術
1.忘れる読書
2.一人を読む
3.嫌いなものを読む
第7講 話すと書くとはおお違い
1.話すと、書きたくなる
2.話は、思考を中絶させる
3.書くことは、思考の最短コースである
第8講 書く技術
1.小論文を書く
2.論文を書く
3.ワープロソフトで書く
第9講 マニュアルで考える
1.マニュアルをつくる
2.極論を張ってみる
3.正しさは、真ん中くらいにある
第10講 飛んで考える
1.古典や権威をけとばせ
2.「現在」に注意深くあれ
3.自分で考えるとは、自分など消して考えることだ